桑山忠明ワンルーム・プロジェクト2006 One Room Project 2006 in Nagoya 
愛知県美術館・名古屋市美術館共同企画
桑山忠明ワンルーム・プロジェクト2006
TADAAKI KUWAYAMA: One Room Project 2006 in Nagoya

主催=愛知県美術館/名古屋市美術館
協力=ギャラリーヤマグチクンストバウ
協賛=(社)東海地区信用金庫協会
■会場:愛知県美術館・展示室6
 2006年4月8日(土)〜7月23日(日)

※関連事業
1)現代作家 自作を語るシリーズ5 + ギャラリートーク
日時:2006年4月8日(土) 13:30〜15:30
講師:桑山忠明氏
会場:アートスペースA、愛知県美術館展示室6(聴講無料)
2) ギャラリートーク(学芸員による説明会)
日時:4月22日(土)5月14日(日)6月17日(土)7月9日(日)
   各11:00〜12:00
講師:拝戸雅彦(愛知県美術館学芸員)
会場:愛知県美術館展示室6(聴講無料)

※問合・団体申込先
愛知県美術館〔愛知芸術文化センター10階〕
Tel. 052-971-5511(代) Fax. 052-971-5604
http://www-art.aac.pref.aichi.jp/
桑山忠明:作品から空間へ  (愛知県美術館館長:市川政憲)

 美術館の展示場に入ると、壁の上の絵が目に入ってくる。その時、それはまだ一枚の、あるいは複数の絵という「もの」でしかない。その絵に近づくにつれ、目指す対象は、もはや壁の上の単なる物ではない「作品」という特別なものとなり、人はそれと向かい合う態勢に入ってゆく。そのように、こちらの意識が切り変わる一線が、どこかにあるようだ。平たく「絵」と言うのが憚られ、あえて「絵画」と言いはじめる一線が。
 いや、すでに美術館に入った時から、普段とは違う視覚のモードに入っていると言われるかもしれない。確かに、言われるとおり、「作品」を前にして私たちは、日頃、ものを見る時とは違う見方をしていることを感づいてはいるようだ。作品を「見ること」について、それが日常の視覚とは異なることに、無自覚なわけでは決してない。
 愛知県美術館に常設展示されている桑山忠明の《茶白青》(1968)は、遠くからも目に入ってくる。三つの色の帯はタテ3メートルと異様に高く、大きく取り込まれたまわりの壁の白さに映えて、遠目に際立って美しい。だが、近づいて、作品を仔細に見ようとして困惑する。まじまじと見つめても、表面のテカテカした三つの色の帯以外に取り付く島は何もない。よく見ればそれぞれの色の帯は細く黒い線で縁取られ、さらに金属の枠で囲われ、三つの帯に分断されている。ひとつの作品ではあるが、連続しない三つの色のパネルを寄せ合わせたようなものである。しかもその見上げなければ視野におさまらない異常な高さに、身体はあとずさる。両側の壁が視野に取り込まれて、作品がますます壁の上のパネルと化すのを見ながら、作品と自分とを引き裂く間を埒もなく見つめることになる。
 そこでは、「タブロー」と呼ばれてきた絵画作品に対するようには、事が運ばない。作品から期待していた応答も得られず、腑に落ちないものが残る。「観念も思想も哲学も理屈も、また画家の人間性さえも、私の作品のなかには入っていない」(1964)と言い切る桑山の作品の内に読み取るべきものは、もとよりない。しかし、だからといって、見ているものがすべてで、他には何もないということでは、こちらも納得がゆかない。桑山の作品は、作品の中には記号的なものは何もないが、その外とのかかわりを感じさせる。視野に入ってくる両側の広がり、そして何よりも、見る者を佇立させる作品との間の隔たり、空間。「見ること」におけるこの間が、透明に脱け落ちてゆかない、そのこと自体が問題になる。
 「作品」に対する視覚のモードは、自然の対象を見る視覚とは異なることを、かつて宮川淳は、「見ることの厚み」として提示し、芸術の問題がもっぱら視覚の自然という文脈で論じられてきたことを問題にした。作品を見ることを自然の対象を見ることと同一視し、「見る」ことの厚みを透明に脱落させてしまっていること、そしてその結果として、「美術」は「見えるもの」「見られたもの」、すなわち「もの」について語られるだけのことになってしまったと言うのである。その事態、つまりは、「見えるもの」である作品が重視され、作品に意味があるとする見方が、「美術」として制度化されてきたことを問題視したのである。「タブロー」とは、作品を見ることを視覚の自然に還元し、すなわち、「見る」ことの厚みを透明化することによって、制度としての事実を自然なものとする制度であったと、宮川は言う。
 桑山の作品が腑に落ちないのは、宮川が批判した見方にかかわることであろう。その作品を、「タブロー」として、現にあるところの「絵画」というものを享受、すなわち制度的に受けとめようとするから不都合を覚えるのである。「作品」を知的にまた感覚的に享受することが叶わないのである。それは他でもない、桑山自身が、「享受」ということについて自覚的であり、享受されるものとしての「絵画」に批判的であることによる。1958年に渡米、61年にニューヨークで個展デビューした当初の色彩の対比から今日まで一貫して、調和よりも不協和をめざし、視覚の日常性に亀裂をつくってきた桑山の問題意識は、宮川淳が指摘したところの、日常化された「見ること」の問題と通じ合っているのではないだろうか。桑山は、「作品」の創造と享受という関係に楔を打ち込んできた。現にあるところの事実を自然なものとして是認することに対する桑山の批判は、単に、物としてある作品に対するにとどまらず、制度のような、現にあるところの事実としての「もの」のすべてに向けられている。
 言われてみれば、私たちは実に、現にあるところの(現存在としての)「絵画」、つまり「作品」を享受してしまっているのではないだろうか。私たちの前に、実に多様な「絵画」があって、その一つ一つに、色彩、形象・イメージ、支持体といった、絵画を形成する諸要素の関係が意味するところを、またその作品としての整合性の度合いを、見る人それぞれに受けとめて美術を享受している。そこで、ひとつ考えてみなければならないことは、いま、私たちが「絵画」と見ている現にあるものとは何なのかということである。それが「絵画」ではないかと言われるかもしれないが、では、「絵画である」とは、どういうことか。その意味するところは、他でもない絵画であって、彫刻でも写真でも、音楽でも、詩でもなく、絵画以外のものではないということである。そして、それを保証するものが、絵画性、絵画に特有の色彩等の要素が織りなす特性である。それらの要素を最大限に生かして、精一杯、絵画性を極めようする向きもある。だが、そうした形成要因、固有性は、また同時に絵画というものを特殊化し、限定する要因でもある。つまりは、現にある、作品としてそこにある「絵画」とは、いかに最大限に絵画であろうとしても、それは彫刻ではないものという相対世界の域を出るものではないだろう。「絵画」であろうとすることは、同時に、たかが「絵画」でしかないことにもなろう。
 桑山が批判的であったのは、そうした、彫刻ではなく「絵画」であるような、現にある「作品」としての絵画であった。彼がとった方向は、最大限に「絵画」であろうとすることとは正反対の方向、「絵画」を形成する要素を限定要因として、還元的に最小限にしていくことで、現にある、見られるものとしての絵画、「作品」の次元を超えることではなかったか。
 桑山のとった道を明らかにするために、対比が強調されてしまったが、現にある絵画がすべてそこに甘んじているわけではなく、絵画を形成する要因に対してプラスとマイナス、肯定と否定の両面を意識し、作品としてあることに対してみずからの内に否定的契機をはらんでいる絵画作品も少なくはないことを、言っておかねばならない。そしてそうした否定的契機を歴史的にも前面に打ち出したものが、ミニマル・アートであったと理解する。
 さきほどの宮川淳は、「ミニマル・アートは美術を“それ自体以外のなにものも意味しない物体”にまで還元したのだろうか。むしろ、作品からあらゆる形而上的な意味をとり去ったとき、ミニマル・アートは美術を、物体と、それとは本質的に異質な意味(芸術)との関係にまで、いいかえれば、“芸術”を意味する意味作用にまで還元したように思える」と語っている。「ミニマル・アート」とは、よく言ったもので、それは、ミニマル・ペインティングでもミニマル・スカルプチャーでもなく、アート、「芸術」を指向する。そこでは絵画も彫刻も目的ではなく方法であって、絵画であればその絵画性を解体し、最小限にすること、すなわちみずからの絵画性を否定してゆくことで絵画を超えたところに「芸術」を指向する。
 作品の中には何もないという桑山のことばは、ミニマル・アートが、作品として完結しないという事実によってあらわにした、今日の美術のレベルにかかわるものであった。作品自体に意味はないという事実に立って、桑山は、作品の事物性(ものであること)を踏まえながら、また事物であることにとどまることなく、宮川のことばを借りれば、「芸術」を指向する意味作用の可能性を追求してきたと言えるだろう。その点で決定的なことは、「作品」に意味を見る、現にある絵画(絵画の現存在)にくみせず、「絵画」の存在そのものを問うたことである。
 桑山に「絶対絵画」ということばがつきまとうのはそのためであるが、それは、作品つまり見えるものとしてありようもない。にもかかわらず、「もの」ではない「絵画」そのものにこだわることによって、絵画の不在の次元が開かれていったのではなかったか。対比して言えば、絵画か彫刻かという次元ではなく、絵画の存在、絵画は存在するのかしないのかを問うことである。「絵画」とは、その絶対性を問えば、そもそもは、人間が考え出した概念、コンセプトに他ならない。だが、それを単に概念にすぎないとして片付くことでもなかった。だからこそ、アーティストとしての桑山の営みが、絵画の不在を開く試みが行われてきたのである。その場は、絵画でなければ彫刻だという次元ではない。見えるものが、絵画であろうが彫刻であろうが、そんなことは問題ではない。その「作品」たるパネルは立体物のように厚く、また床に置かれる近作もある。絵画の存在がその不在を介して問われるからこそ、見える「作品」のまわりの何もない空間が開かれるのである。「絵画の不在」は、一方で、現にある絵画を超えたところの「不在の絵画」、人間が考え出した概念、精神の光の次元と、その一方で、作品を取り巻く空間を指向させたのではなかったか。
見えるもの、作品として桑山が設置するものは、それが置かれた空間への入口ともいうべきものである。そしてその空間は単なる建築的空間、物理的空間ではもはやなく、絵画の不在に色づいた、「不在の絵画」を指向する空間である。この空間こそ、私たちが、作品を「見ること」を成り立たせているあの「厚み」として感じるものであろうが、この絵画の不在の領分を単なる空虚以上の息づいたものとしているのは、そこにはないあまたの絵画が形成するひとつの総体としての「絵画」の存在ではないだろうか。桑山がくみしなかった、絵画性において「絵画」として見られてきたあまたの絵画作品、無数の「絵画」たちがそこに潜在しているのではないだろうか。そうした一つ一つの作品としての絵画たちは、「絵画」として見られたものにすぎないが、絵画という精神的な光の影、小さなしるしを分有していることは事実である。だからこそ、私たちは、そうした作品を数えるのに、小さな火のしるしを意味する「点」ということばを借りているのであろう。
 桑山は、最小限の絵画という形式によりながら、形式を超えた芸術の次元を開くものとしてその可能性を追求してきた。「もの」としてある限り、たとえば「作品」もまた、宿命的に享受され、消費される。桑山が「作家」として行ったことは、享受・消費されない「作品」、不在の絵画、不在の美術を生み出すことであった。桑山が生み出すその空間は、消費されてしまうことなく、たえず新たに、現にあるものを超えて意味あるものを指向させる。今回の展示は、1995年にドイツのロイトリンゲンで始まったプロジェクトのひとつであるが、そこで私たちは、与えられた空間が新たな意味をもつものとして直観される、芸術的な体験へと導かれることであろう。
  
桑山忠明のサイト:   
2011 WHITE 桑山忠明 大阪プロジェクト 国立国際美術館 
Untitled: 桑山忠明展 金沢21世紀美術館 
桑山忠明 selected work 
2010 桑山忠明 常設展示 
桑山忠明 A Retrospective : Out of Silence 名古屋市美術館 
2006 桑山忠明 one room project in Osaka 2006 
2005 桑山忠明 -'90- 
2003 桑山忠明 space as art - art as space 
2001 桑山忠明 Project 01 
2000 Robert C. Morgan テキスト 
Robert C. Morgan "Sculpture Magazine" 英語テキスト 
<プロジェクト'96> 千葉市美術館 −カタログ案内− 
1994-95 <パスト・スルー・プレゼント・アイ> ギャラリーヤマグチ、大阪  −カタログ案内−