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「Art Camp 2008」を見て
毎年夏に行われるArt Camp (アートキャンプ)は、今年で実質的に第7回目を迎える。「実質的に」とは、当初は今とは違った名称の下で行われていたからであるが、展覧会の本質的な部分は基本的に変わっていない。アートキャンプは、コマーシャルギャラリーおよび美術館等のパブリックなスペースでの展示経験が浅い、学生を主体とした若手アーティストたちが、そうした「プロフェッショナル」な場において、自主運営的に自分たちの展覧会を作り、また仲間と知恵を出し合ってその社会的プレゼンスを高める方法などを考えていく、そういった「ワークキャンプ的」な要素が大きく関わる場となっている。作家が自らの展覧会をプロデュースすることは、今日の現代美術の現場で幅をきかせる「貸し画廊」システムにおいてごくあたりまえのことであるが、ただ本展の特異な点は、アーティストとして生きるべきか否か、その瀬戸際に立たされている若い人々が、展覧会という制度と向かい、それをいかに解釈するか、という、生々しくもダイナミックな様相が垣間見えてくるところではないだろうか。
プロフェッショナルなアーティストであれば、当然満たすべき基準や慣習を意識することにもなるだろうが、基本「アマチュア」であれば、よりそうした束縛から離れることができる。実際、彼らの作品には、未熟さや、完成度の低さといったネガティブな方向へのブレが当然介入してくるが、プロフェッショナルな作家の展示で受けるものとは異質な、彼らなりの独自のロジックを作品の中にしっかりと感じることが意外にも多くある。そして、それらがネガティブな違和感を乗り越えるほどの新鮮さを生み出している。それは、まさに、プロの領域に自らを少し押し出す形で形成される、アーティストとしての微妙な立ち位置が浮かび上がらせる、創造の秘儀の開示といったものなのかも知れない。願わくは、それが偶然に生じる一時的なものではなく、作家がそれを自らの血肉とし、そこから素晴らしい創作活動が展開されていくことを心から期待するものであるのだが。
さらに今回は、プロフェッショナルなキャリアを持つ苅谷昌江、中比良真子、山口義順、森太三の若手作家4名に招待作家として参加をしてもらうこととなり、彼らの作品との対比において、プロとの差異があらためて確認されることにもなった。当初の予想では、招待作家と学生との差はもう少し近いのではと思っていたのだが、学生たちの間に混ざっていてもはっきりとそれとわかるものとなっており、その差の歴然さに少々驚かされた。このことは学生たちにとっても、プロとアマとの差のひとつの指標として感じられたのではないだろうか。
サントリーミュージアムはアートキャンプの趣旨に賛同し、2006年の第5回展から館の一部を会場として提供しているほか、2007年からは参加する作家の方々にとってなんらかの励ましになることを願い、サントリー賞をもうけて、学芸員の審査によって優秀な作品を選び懸賞させていただいている。
今年のサントリー賞は、山本理恵子に贈られることとなった。実際の選考では、実は学芸員の間で議論が分かれ、非常に難しい選考となった。それだけ、作家の力が接近していたということでもあるが、山本のほか、鶴井美和と福永晶子が最終的な候補となった。
山本の作品の魅力は、まず作品全体が醸し出す軽やかな感覚にあると言えるだろう。特徴的な明晰さと明るい色彩で描かれたさまざまな形態が画面の中で躍動している。平面性が強調された画面はグラフィカルであるが、たとえばデイヴィッド・ホックニーの作品にも見られる、そうしたグラフィカルな平面性を形態の象徴性を介して絵画的な奥行きへと展開させていく手法を、すでに自らのものとしている彼女の造形感覚は、大変素晴らしい。また、軽妙なジャズの即興演奏を思わせるようなノリの良さも伝わってきて、純粋に絵を描くことの喜びが絵の表面にあふれている。今後、その優れた絵画的な感覚と絵を描くことの喜びを糧に、よりいっそうオリジナリティに富んだ世界を深化させていって欲しいと思う。
最終選考に残った鶴井の作品にも優れた絵画的な感性が存分に発揮されていた。色彩のグラデーションが施された腕や魚などを、それらが属する文脈から切り離すように、その上に表現主義的な激しい色をダイナミックに重ねあわせる手法は、技法的にも感覚的にも高度な洗練性が必要とされる。ただ絵画の構造が意外とシンプルであるだけに、こうした形態に固着することなく、どんどん表現の幅を広げていってみたらどうか。同じく最終選考に残った福永晶子の作品は版画であるが、その完成度の高さが他の作品の中でも際立っていた。どこかノスタルジックな趣が漂う不思議な世界を、繊細な線描によって見事に描く彼女の作品は、日本の現代版画に流れるシュルレアリスム的なものの系譜を引き継いでいるように見えるが、自分の内面世界と真っ直ぐに向き合う姿勢は大いに好感が持てた。
そのほか、選考の過程で選考委員の印象に残った作品について簡単に触れてみたい。池田貴美代の望遠鏡のような奇妙な立体作品と水平方向が強調された複数の絵画とを組み合わせた展示は、作品相互の間に独特の間合いとゆるやかな関係性が感じられて興味深かった。色山ユキ江の作品は、黒板に描くような黒地にシンプルな白い線によって植物の花弁のような有機的形態が描かれており、そのオリジナリティ豊かな作風が目を引いた。
ほぼ独学で美術に取り組むイタリア人のアンナ・リサ・ジーニは、外交官である夫とともに世界各国を移動する自身のアイデンティティの問題を、写真やコラージュなどで多角的に表現し、他の参加者とは一線を画すグローバルな視点を提示した。森糸沙樹は、昨年からの連続参加であるが、薄いベールで覆われた繊細な表情を持つ平面作品やアクリルの立体を、壁面から浮かび上がらせて展示する手法によって独特の美しさを生み出していた。石塚由美子の作品にはキッチュな感覚と肉体性とが融合したような繊細かつ呪術的なものに通じる美意識が感じられた。
加藤孝は自らが考案したティッシュペーパーを丹念に重ねて独特のマチエールを生み出す手法によって、和紙のようなやさしい風合いとシャープな幾何学的形態とが組み合わされたレリーフ作品を見せた。昨年からの連続参加となる藤本絢子は、大胆にデフォルメされた金魚の姿を描いた絵画シリーズを展示し、その迫力あるダイナミックな構成によって見るものに鮮烈な印象を残した。大村大吾は、集めてきた枯れ枝と籾殻を注意深く配置し、緊張感に満ちた静謐な空間を作り出した。特に、枯れ枝を集積させて空間の中に際立たせる手法に、非凡な洗練性が感じられた。中村友美は、編み物の手法を用いて制作した深海の生物のような作品を空中につるし、その不思議な存在感はその場にたたずむ人々の意識を直接刺激した。松浦宏美はマンガ的な身軽さをもつイメージを、重層的なコラージュによってマルチプル化し、自身のオリジナリティ豊かな感性をユニークに表現した。吉原啓太は、パソコンを利用した「運命の人」を紹介する装置を設置し、観客とのインタラクティブな関係性を発生させたほか、その徹底的に単純明快なコンセプトによって作品を体験した人々に大きな印象を残した。
第7回目をむかえたアートキャンプは、展覧会としてひとつの形に落ち着きつつあると言えるだろう。それは本質的に喜ばしいことではあるが、しかし、今後の課題として、もっと参加者の裾野を広げる必要があるのではないか。実際、昨年よりも今年の参加者が少なくなっているのは、展覧会が回数を重ねて社会的な認知が深まっているはずの状況と、相反するものでもある。学生を中心とした若い人々の自主性を基盤とする展覧会であるならば、彼らがより参加しやすいような要件を整備する必要があるのかどうか、そうした点を検討してみる必要があるのかもしれない。
サントリーミュージアム[天保山] 大島賛都
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